[2007-12-25]
今年も残すところあと1週間となり、このスタッフブログも今年の最後のブログとなりました。皆さんはこの1年を振り返ってみていかがだったでしょうか?一人ひとり違った目標や夢を持ちながらレッスンを受けてきたと思いますが、そこには多くの喜びと同時に反省や悔しい思いも少しはあったのではないでしょうか。しかし、確実に前進していることは間違いありません。周りを見てもプロアマ関係なく、やはり結果を出している人は地道に積み重ねた部分を必ず持っていますし、常に新たな課題をもってさらに上を目指すために取り組んでいます。各大手レコード会社や音楽事務所の方々と様々な機会でお会いしてお話をさせていただいていますが、売れたアーティストさんはベーシックな部分で積み重ねた苦労話を必ずお聞きします。やはり結果を出すためには継続した努力と取り組み方がとても大切なことを改めて実感させられます。私たちも一生懸命サポートさせていただきますので、VOATのレッスン生の皆さんに限らず音楽で活躍したいと思っている方は、ぜひ来年はさらに良い年にしてください! 【 Merry Christmas ☆】 スタッフ一同
[2007-12-18]
曲のジャンルで「ロック」がありますが、「ロック」って何でしょう。まあ簡単にいえば、「ロック」とは「ロックンロール」から派生したサブ・ジャンルみたいなもので、言い換えれば、「ロックンロール」の発展したものなんでしょうね。この「ロック」がポピュラー化したのは「ビートルズ」の世界規模での成功によるところが大きかったと言われています。ですから「ロック」発祥の地はイギリスだと言う人もいます。ちなみにアメリカではフォークの巨匠ボブ・ディランがアコースティック・ギターからエレクトリック・ギターに持ち替えた時からロックは始まったと言うちょっと変な見方もあるそうですが、全然ピンと来ないし、ディランがアコースティック・ギターからエレクトリック・ギターに持ち替えた時は相当なブーイングだったと聞きます。初めて「ロック」と言う言葉が用いられたのは、1955年にナンバーワンヒットを記録した、ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」と言われていますが、やっぱり「ロック」が一般的に認知されたのはやはりビートルズ以降のことの事でしょう。イギリスのリバプール出身のビートルズはロックン・ロールを基盤にさまざまな解釈と手法を加え、その後、フォーク・ロック、カントリー・ロック、ブルース・ロック、ハード・ロック、サイケデリック・ロック、アート・ロック、プログレッシブ・ロックなどなど、さまざまな切り口で「ロック」を発展させ、極端に言えば、今ある「ロック」の切り口は全てビートルズが活動期間中にやり終えてしまったと言う人もいます。私もビートルズは全て聴きましたが、なるほどと思える感じもあります。ビートルズ、こういう私はあまり好きではないのですが音楽的は「凄い」の一言。日本のミュージシャンもたくさんの人が影響を受けました。是非聴く事をお勧めします。福岡校/曽根
[2007-12-11]
12月30日に名古屋校で初の年末VOAT LIVEを行います。VOATは毎年各校トータルで年間40回ほどLIVEを行っていますが12月30日に行うのは初めてです!カウントダウンではありませんが年の終りで押し迫った感じがなんともいえなく楽しみです。名古屋では出演者たちが本番まで約2週間後に迫り仕上げの段階に入っているようです。大晦日前日ですが帰省している方も多いと思いますので是非お友達を誘って遊びに来てください。場所は、池下の「UP SET」です!
[2007-12-04]
12月8日はジョン・レノンの命日です。ジョンが死んでもう27年にもなるんですね。去年12月9日福岡ヤフードームにビリー・ジョエルを観にいった時、アンコールに「イマジン」を歌ってくれたのを思い出しました。1980年12月8日の午前中、自宅であるダコタ・ハウスでニューアルバムのジャケット写真を終え、少しくつろいだ後レコーディング・スタジオ「The Hit Factory」にヨーコの新曲のミックス・ダウンのために向かいました。そこでラジオ番組のインタビューを受けます。そこではポール・マッカートニーやジョージ・ハリスンとの出会いを懐かしそうに語ったあと、皮肉なことに「ヨーコより先に死にたい」「死ぬまではこの仕事をしたい」など後数時間で自らに降りかかる悲劇を予言するような発言を残しているそうです。そして午後10時50分自宅前で待ち伏せしていたマーク・チャップマンの銃弾にたおれました。このマーク・チャップマンはジョンが「The Hit Factory」に向かう時にダコタ・ハウスで待ちかまえていたらしく、アルバム「ダブル・ファンタジー」を差しだしサインをもらっている。その様子をジョンの顔見知りのカメラマンが撮っていました。ジョンの生前最後の写真は自らの命を奪う事になる殺人犯とのツーショットとなってしまったのです。マッシュルームカットの4人組の「The Beatles」の一人、丸いメガネをかけ、エピフォン・カジノを弾いている鷲鼻の偉大なるミュージシャン「ジョン・レノン」よ永遠なれ!!1976年息子である「ショーン・レノン」の養育に専念するために音楽活動を休止。1980年に音楽活動再開するきっかけとなったと言われているのが、ショーンが偶然友達の家で観た映画「イエロー・サブマリン」の中にジョンを見つけ、「パパは本当にビートルズだったの?」と発した一言だったらしい。 福岡校・曽根
アーカイブ